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恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

Solitary Flight

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↑Skeletal reconstructions of Asian "mid-grade tyrannosauroids".

Top to bottom, Jinbeisaurus wangi SMG V0003 (holotype); Alectrosaurus olseni AMNH 6554 (lectotype); Unnamed Bayanshiree taxon MPC-D 100/50, 100/51; Timurlengia euotica composite (scaled as maxilla ZIN PH 676/16); Xiongguanlong baimoensis FRDC-GS JB16-2-1 (holotype). Scale bar is 1m.

 

 一握りのティラノサウルス科とストケソサウルスのような怪しげな属だけが知られていた時代は遠く、ティラノサウルス類がずいぶんにぎやかになって久しい。これはつまり「ティラノサウルス類」と一口に言った場合(特に広義のティラノサウルス類――ティラノサウロイデアを指した場合)、かなり形態的に多様なグループに言及している格好となる。

 日本産のティラノサウルス類(と言っていいのかはっきりしない部分もあるのはさておき)がフタバリュウだけであった時代もまた遠く(死んだミカサリュウの歳を数えるようなことはしない)、手取層群や篠山層群に加えて各地の上部白亜系からティラノサウルス類の化石が報告されるようになった今日である。ティラノサウルス科そのもの(時代からすると“一歩手前”の可能性もあるが)と思しき遊離歯も知られるようになった昨今だが、白亜紀“中期”(いわゆるガリック世)の後半からいわゆるセノニアン世の初頭――ティラノサウルス科の起源を探るうえで極めて重要な時代の地層も(海成だが)よくみられるのが日本というか北西太平洋地域の上部白亜系である。前置きがやたら長いのは2022年も変わらずだが、そういうわけで日本からも出そうな/出ているこの時代のティラノサウルス類――本ブログではとっくにおなじみの“中間型ティラノサウルス類”について、アジア産のめぼしいものを適当にまとめておきたい。

 今日言う“中間型ティラノサウルス類mid-grade tyrannosauroids”はエオティラヌス(あるいは“ストケソサウルス科”やディロンよりも派生的なエウティラノサウリアであり、一方でドリプトサウルス科よりも基盤的なものを指している(ススキティラヌススとモロスはここでは割愛する)。これらがティラノサウルス科へと続くひとつの流れを示している(側系統)のか、あるいは(少なくともその一部が)アークトメタターサルを獲得した直後に枝分かれした単系統のグループなのか、現状では定かでない。

 

ジンベイサウルス・ワンギJinbeisaurus wangi

 もともとタルボサウルスの幼体と目されていた山西省産のティラノサウルス類である。とりあえず椎骨は神経弓が(失われているものの)椎体と癒合ないし結合していたようで、上顎骨についても特別幼体の特徴らしいものは見られないようだ。本種の産出した灰泉堡Huiquanpu 層上部の時代ははっきりしないが、灰泉堡層といえばチアンゼノサウルスTianzhenosaurusやシャンシアShanxiaも知られている。これらはもっぱらサイカニアのシノニムとされており、であればジンベイサウルスも同時代――カンパニアンの中ごろのものとみてよいだろう。その場合、“中間型ティラノサウルス類”としては(目下)最新の種ということになる。

(シャンシアのホロタイプは後頭部しか知られていない一方、チアンゼノサウルスのホロタイプはほぼ完全な頭骨である。最近発見されたらしい山西省産の頭骨はチアンゼノサウルスのホロタイプとはだいぶ装飾が異なって見え、またチアンゼノサウルスのホロタイプの装飾もサイカニアのそれとは割と印象が異なっていたりもする。このあたり、うかつに示準化石めいた扱いをするのはやめておいた方がよさそうでもある。)

 

アレクトロサウルス・オルセニAlectrosaurus olseni

 前肢が長めやらなんやら言われていたのはテリジノサウルス類の上腕骨やら末節骨AMNH 6338も本種(のシンタイプの片割れ)として扱っていたからであり、レクトタイプAMNH 6554は上図の通り後肢だけ(+これまで特に図示されたことのない恥骨ブーツの一部と、本種のものかどうか怪しいやたらカーブの強い末節骨2つの断片;ドリプトサウルスのそれとも明らかに別物)である。後肢の細部の特徴は他のティラノサウルス類とはだいぶ異なるようで、本種の独自性を担保するのには今のところ十分――だが、上図の通り“中間型ティラノサウルス類”で後肢がまともに産出しているのは本種だけであり、系統解析に使いにくいところでもある。本種の産出したイレン・ダバスIren Dabasu層では他に涙骨や頬骨などを含んだ部分頭骨AMNH 6556(これまでに図示されたことはないようだ)も知られており、近年の系統解析ではアレクトロサウルスの代わりにこちら(言うまでもなく現状アレクトロサウルスとは断定できない)を"Iren Dabasu taxon"として用いることがほとんどである。

 イレン・ダバス層はバイン・シレ層(下記)のざっくり同時異相として扱われているが、バイン・シレ層ともども時代論は揉めるところである。バイン・シレ層ともどもセノマニアン~サントニアンの1500万年間のいつかしらであることには違いない。

 

バイン・シレの分類群 Bayanshiree taxon

 地層名の表記ゆれがやたら多いのはともかく、1977年にペールが記載した“モンゴル産アレクトロサウルス”(アレクトロサウルスの頭骨としてググって出てくる図はすべてこれである)が本分類群で、アレクトロサウルスとは足の細部が異なるようである。部分骨格がふたつ知られているが、ペールの記載は伝説的な悲惨さであり、図(リンク先はフォードによる原図のトレスだが、だからなんだという代物である)も恐ろしく素朴である。のちにカリーが描き直された頭骨図を総説に載せていたりもするが、これも実際の化石の情報をどこまで反映しているかは微妙なところである。カーの博論で再検討が試みられたほか、最近でも再検討が新たに進められているようだが、現状出版されてはいない。

 時代論については上述の通りであり、アレクトロサウルスともどもはっきりしない。ビッセクティ層とバイン・シレ層(やイレン・ダバス層)における化石相の類似から考えると、ざっくりチューロニアン後期からコニアシアン初頭と言ってもよいのかもしれない。

 

ティムーレンギア・エウオティカTimurlengia euotica

 鬼才ネソフが“ウズベキスタン産”アレクトロサウルスとして報告した化石は、それなりに本種として(暫定的でもあるが)再同定されている。ビッセクティ層産の恐竜化石がことごとく単離した状態でしか見つからないのは本種(と言ってよいのかは別問題でもある)に限った話ではないが、モロスやススキティラヌスと同様、とりあえず時代がかなり明確に決まる(チューロニアン後期:約9200万~9000万年前ごろ)点で極めて重要である。本種のものと思しき手の末節骨の形態は、ドリプトサウルスよりもむしろティラノサウルス科的である。

 

シオングアンロン・バイモエンシスXiongguanlong baimoensis

 膝下がそっくり欠けており、さらに本種の産出した下溝Xiagou層の時代は白亜紀前期――アプチアン~アルビアン(ざっくり1億1000万年前ごろか)とやたら古いが、系統解析の結果からするとアークトメタターサルを備えていた可能性が濃厚である。頭蓋は上下から著しく押しつぶされており、やたら細面に見えるが、実際の高さはさておき(それなりに進化したタイプのティラノサウルス類としては)吻が特に長いわけではない。含気化を欠いた鼻骨(左右縁辺部のリッジも全く欠いている)や上顎骨、“B字型”の下部側頭窓など、頭蓋の基本的なつくりはティラノサウルス科まで続くそれであり、エオティラヌスやディロンといったバレミアン~アプチアン初頭のティラノサウルス類とは著しく異なっている。ディロンから2000万年も経たずに本種が出現しているらしい点は非常に興味深い。

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 チューロニアン~サントニアンといえば、例えば東北日本では蝦夷層群や久慈層群、双葉層群がよく知られており、いずれも浅海の要素を含んでいる(し、すでにティラノサウルス類とされる化石が知られている)。西南日本はといえば御船層群がもろに陸成であるし、御所浦層群も(もう少し古い時代だが)期待がもてるだろう。この時代のティラノサウルス類で確実に“中間型ティラノサウルス類”よりも基盤的と言えるものは知られておらず、ユティラヌスやディロンのようなタイプは急速に“中間型ティラノサウルス類”――ティラノサウルス科とさほど変わらないものに置き換えられていったようでもある。

 真正のカルカロドントサウルス類やメガラプトル類(そして分類のはっきりしない怪しげな大型獣脚類)が跋扈する中にあって、“中間型ティラノサウルス類”は急速に大型化し、カンパニアンの初頭にはアジアと北米の陸上生態系における頂点捕食者の座におさまった。このあたりのシナリオに明確な時間軸の挿入が要求されることは言うまでもなく、北西太平洋地域――とりわけ日本の上部白亜系にそのあたりの期待がかかることはこれまでも散々書いたとおりである。